執筆・文責:弁理士 中村幸雄

日本経済新聞は、企業と大学が共同出願した特許の国際競争力を分析し、日本が主要7カ国で最低だったと報じました。この結果を「日本の大学には優れた研究がない」と読むのは早計です。今回の比較の母集団や算定条件は、報道内容だけでは完全には再現できません。しかし、特許庁や文部科学省などの資料をたどると、同じ問題は以前から数字に表れています。

産学共同特許の技術的影響力が低い日本

特許庁は、後続特許から引用された回数を技術分野などで補正した「Technology Relevance(TR)」を公表しています。世界平均を1とする、特許の技術的影響力を測る指標です。

2021年時点の産学官共同出願のTRは、米国1.728、ドイツ1.572、中国1.138、韓国1.005に対し、日本は0.840でした。さらに日本国内で見ると、企業単独出願が0.890、産学官共同出願が0.840、大学・研究機関単独出願が0.758という順でした。

米国とドイツでは、産学官共同出願のTRが企業単独出願のTRを上回っています。一方、日本では、企業単独出願0.890に対し、産学官共同出願は0.840でした。共同研究が特許の価値を下げたとまではいえませんが、日本の産学官共同出願群は、米国やドイツと異なり、企業単独出願群を上回る技術的影響力を示していません。

TRは売上や利益、ライセンス収入を直接測る数字ではありません。それでも、日本の産学官共同出願群が、後続特許から相対的に引用されにくい傾向は無視できません。

日本は、共同出願が少ないのではない

むしろ日本は、大学と企業の共同出願が非常に多い国です。

2017〜2019年に公開された、各国の大学・国研等が出願人として含まれる特許ファミリーを見ると、企業との共同出願の割合は日本が52.0%でした。これに対し、米国は9.5%、ドイツは12.6%、中国は6.0%です。

日本では「共同研究の成果だから、特許も共有する」という発想が強いことがうかがえます。しかし、特許権の共有は必ずしも事業化に向いていません。

特許庁が2026年に公表した調査でも、企業側には、大学など自ら事業を行わない共有者へ支払う「不実施補償」に対する不満があります。一方、大学側には、共有企業の同意が得られず、別の企業へのライセンスや持分譲渡ができないという不満があります。

企業と大学が一緒に特許を持つことには成功しても、誰が責任を持って事業化するのかが曖昧になれば、特許は動きません。

研究費は増えたが、小口案件が中心

文部科学省の最新調査によると、2024年度に大学等が民間企業から受け入れた共同研究費は約1,065億円でした。前年度より3.6%増え、1件当たりの平均額も約331万9,000円まで上昇しています。

しかし、別の文科省資料によれば、国内企業と大学との共同研究は、1件300万円未満の案件が依然として約8割です。平均額が300万円を超えるのは、一部の大型案件が全体を押し上げるためです。

数百万円規模でも、試験や可能性の確認には意味があります。ただし、AI、半導体、量子、創薬、宇宙などで世界市場を狙うには、研究者の人件費、大規模な試作・実証、規制対応、国際標準化、外国出願まで必要です。小規模研究を多数実施して、その都度国内で共同出願するだけでは、世界で戦える特許群には育ちにくいでしょう。

比較可能な公表データでは、企業から大学への研究開発費拠出額が企業の研究開発費に占める割合は、日本0.49%でした。米国0.96%、英国1.75%、ドイツ3.66%、韓国1.61%、中国3.52%です。なお、日本・中国・韓国は2020年、その他の国は2019年のデータです。日本は研究開発費全体が極端に少ないのではなく、企業の研究資金が大学へ十分に流れていないのです。

出願件数ではなく、事業化まで測る

2024年度に大学等が得た知的財産権等収入は約72.6億円でした。これは特許だけでなく、著作権、ノウハウ、有体物などによる収入も含む数字です。1億円以上の収入をもたらした実施許諾等は7件でした。

経済産業省の資料によると、2022年の新規締結ライセンス数は米国が日本の約1.9倍でした。一方、ライセンス収入には約52倍の差がありました。日本でも特許の実施件数は増えましたが、1件当たりの収入はこの10年間、伸び悩んでいます。

必要なのは、共同出願をさらに増やすことではありません。研究を始める段階で、誰が、どの市場で、どのように事業化するのかを決め、その経路に合わせて権利を設計することです。

共有以外にも、次のような選択肢を使い分ける必要があります。

評価指標も、出願件数から、外国出願、権利の長期維持、製品への実装、ライセンス収入、標準化、スタートアップの成長へ移すべきです。

「一緒に持つ」前に、「誰が動かすか」を決める

日本の産学連携の課題は、企業と大学が協力していないことではありません。共同研究から生まれた発明を、世界で使われる事業まで動かし切れていないことです。

そして、その分かれ目の多くは、研究が始まる前の権利設計にあります。共有にするのか、一方の単独帰属にしてライセンスでつなぐのか、スタートアップに移転するのか。どの形にも一長一短があり、正解は事業化の経路によって変わります。

知財の余白では、共同研究・共同開発を始める前の段階から、権利の持ち方と事業化の経路をあわせて整理します。

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執筆・文責

弁理士 中村幸雄

特許・商標を中心に、著作権、意匠、営業秘密など、事業上の知財論点を整理する弁理士。 「知財の余白」では、権利の種類がまだ分からない段階から、知財・ブランド・事業リスクの入口を整理するための情報を発信しています。