/
この記事の結論
共同開発の知財は機械的に折半せず、各社の貢献、事業化する主体、利用範囲に合わせて帰属と利用権を設計すべきです。
2026年6月30日、トヨタ自動車と米国のJoby Aviationは、電動垂直離着陸機「S4」シリーズの生産を担う合弁会社を設立したと発表しました。
SECへ提出された株主間契約によると、出資比率はトヨタ51%、Joby49%です。
このニュースは、「トヨタが空飛ぶクルマの生産に参入した」と捉えることもできます。
しかし、Jobyが米国の上場企業として投資家向けに開示した合弁契約を見ると、より注目すべき点があります。
それは、共同開発で生まれる知的財産を、合弁会社の中に曖昧に残さず、両社の事業に合わせて分けようとしていることです。
共同開発で「何を作るか」と「どう作るか」をどう分けるか
今回公表された株主間契約では、今後、Joby、トヨタ、合弁会社の間で知財契約を締結することが予定されています。
以下の契約内容は、同契約10.10条と定義条項に基づきます。現時点で開示されているのは、今後締結する知財契約の基本条件であり、最終的な知財契約そのものではありません。
その枠組みでは、共同開発成果を概ね次のように分けます。
- 機体設計や機体部品に関する知財は、Joby側へ
- 製造工程、治工具、製造設備などに関する知財は、トヨタ側へ
つまり、航空機として「何を作るか」に関する成果はJobyへ、その航空機を「どう作るか」に関する成果はトヨタへ集約します。
すべての発明を機械的に半分ずつ共有するのではありません。
両社が将来、自社の事業で使い続ける成果を、それぞれの会社へ残す設計です。
なお、機体知財にも製造知財にも分類されない共同開発成果については、共同所有とする仕組みも用意されています。
ただし、これは株主間契約で示された予定上の枠組みです。具体的な知財契約や製造供給契約は今後締結され、両社が合意できない場合には、株主間契約を終了できる条項も置かれています。
また、これは米国で開示された個別契約の設計です。以下で述べる日本の特許法上の扱いと、契約上の効果が同一であるとは限りません。
Jobyは共同開発で機体の主導権をどう維持するか
Jobyは、空飛ぶクルマS4の設計、開発、飛行試験、認証を進めてきた航空機メーカーです。
量産過程では、製造しやすくするために機体の設計や部品を変更することもあります。
こうした工夫は製造現場から生まれますが、結果として機体設計にも影響します。
今回の枠組みでは、トヨタや合弁会社が製造に関与する中で生まれた成果であっても、機体設計や機体部品に関する知財はJoby側へ集約します。
これにより、Jobyは、トヨタの量産力を利用しながら、S4とその派生機について、設計と事業の主導権を維持できます。
トヨタは製造知財をどう自社に蓄積するか
一方、トヨタ側へ集約されるのは、製造に関する知財です。
ここでいう知財は、特許だけではありません。
契約上は、特許、ソフトウェア、データ、営業秘密、製造工程、技術情報、研究開発情報、ノウハウなどが広く対象になります。これには、製造用の治工具や設備の設計・仕様も含まれます。
航空機を安全に量産するためには、機体の設計図だけでは足りません。
- どの順番で組み立てるか
- 部品のばらつきをどこまで許容するか
- どの工程で異常を検出するか
- 設計変更を設備や作業手順へどう反映するか
- 不適合が発生した場合に、原因をどこまで追跡できるか
こうした「作り方」は、実際の工場で試行錯誤を重ねる中で、工程、設備、検査基準、品質記録、データ、作業上のノウハウとして蓄積されるものです。
今回の枠組みでは、合弁会社で共同開発された製造関連知財をトヨタ側へ集約したうえで、合弁会社がS4を製造できるよう、トヨタから利用を認めます。トヨタが従来から保有していた製造ノウハウについても、トヨタが保有し続けたまま、必要な範囲を合弁会社へライセンスします。
これにより、トヨタは、航空機を実際に量産する中で生まれる工程、設備、検査、品質管理の技術を、自社の知財として蓄積できます。
共同開発の知財を半分ずつ共有すべきか
共同開発では、両社が生み出した発明を共同所有にすれば公平に見えます。
日本の特許法では、特許を受ける権利が共有である場合、各共有者は共同で出願しなければなりません(特許法38条)。登録後は、契約で別段の定めがない限り各共有者が自ら実施できますが、持分の譲渡や第三者への実施許諾には、原則として他の共有者の同意が必要です(同法73条1項から3項)。改良技術や共同開発終了後の利用については、法律の規定だけでなく契約で条件を定める必要があります。
共同所有であることが、かえって事業の自由度を下げることもあります。 この問題は企業同士に限らず、企業と大学が特許を共有する産学連携でも生じます。
今回の契約が示しているのは、共同開発成果を平等に半分ずつ持つことよりも、両社が自社の事業へ何を持ち帰るかを決めることの重要性です。
Jobyは、機体と派生機の主導権を持ち帰る。
トヨタは、航空機を安全に量産する技術を持ち帰る。
相手の知財が必要な部分は、ライセンスによってつなぐ。
なお、この権利移転は、トヨタが持つ共同開発の機体関連知財と、Jobyが持つ共同開発の製造関連知財をいったん合弁会社へ移し、そこから機体関連知財をJobyへ、製造関連知財をトヨタへ集約する二段階の設計になっています。
共同開発前に既存知財・新成果・利用権をどう決めるか
この事例を自社の共同開発に置き換えるなら、少なくとも次の点を、開発開始前に定める必要があります。中小企業庁の共同開発契約書ひな形でも、従前から保有する知財の特定、役割分担、成果の帰属や利用条件が扱われています。
- 自社が持ち込む既存技術やノウハウは何か
- 共同開発で生まれた成果をどの基準で分類し、役割・対価・事業化権とどう結びつけるか
- それぞれの成果を誰が所有するか
- 相手方や共同会社へ、どこまで利用を認めるか
- 改良技術や派生製品を、誰が開発・利用できるか
- 共同開発が終了した後も、成果を使えるか
「共同で開発したのだから、成果も共同で持てばよい」とは限りません。
重要なのは、現在の協力関係だけでなく、共同開発後に両社がどの事業を続けるのかまで考えて、所有権と利用権を設計することです。
FAQ
所属、役職、資金負担の有無だけでは決まりません。発明が解決しようとする課題や、具体的な解決方法を考える過程に実質的に関与したかを、発明ごとに確認します。
実験を補助しただけの人、一般的な助言をした人、資金を提供した人、プロジェクトを管理した人が、必ず共同発明者になるわけではありません。一方、解決方法の提案や検証を通じて、発明の具体的な内容を生み出すことに関与した人は、共同発明者となる可能性があります。
発明者となる個人と、特許を受ける権利を取得する企業は別の問題です。発明者を確認した後、職務発明規程や契約に基づく権利承継も確認します。
共同開発を始める前に、各社が持ち込む特許、未出願の技術、ノウハウ、ソースコード、データ、仕様書などを特定し、契約書の別紙や一覧に記録します。文書名、バージョン、作成日、保有者、開示範囲なども記載しておくと、共同開発後の成果と区別しやすくなります。
開発開始後は、会議記録、実験記録、設計変更、ソースコードの更新履歴、成果物の提出記録などを残します。誰がどの成果や技術的検討に関与したかを、後から確認できる状態にしておくことが重要です。
既存技術を示す資料自体が秘密情報である場合は、閲覧者を限定し、誰にいつ開示したかも記録します。
残った側だけで続けられるとは限りません。特許を受ける権利を両社が共有している場合、原則として共同で出願する必要があります。一方が撤退し、残った側だけで出願を続けるには、持分の譲渡などが必要になることがあります。
特許登録後は、契約で別の定めをしていなければ、各共有者が自ら発明を実施できます。一方、持分の譲渡や第三者への実施許諾には、原則として他の共有者の同意が必要です。
撤退時の混乱を避けるため、誰が出願手続を続けるか、費用を負担しない場合に持分をどう扱うか、撤退後も発明を実施できるか、第三者へライセンスできるかを契約で定めておく必要があります。
参考資料
- Joby Aviation「Joby Aviation and Toyota Motor Corporation Launch Initial Phase of a Strategic Manufacturing Alliance to Realize Air Mobility for All」(2026年6月30日)
- Joby Toyota Aero Manufacturing Preparation Company「Stockholders Agreement」(Exhibit 10.1、SEC EDGAR、2026年6月29日)
- e-Gov法令検索「特許法(昭和34年法律第121号)」
- 中小企業庁「知的財産取引に関するガイドライン・契約書のひな形」