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この記事の結論
貝印の知財部門は、商品の企画前から関与し、商品の「違い」を意匠や特許として権利化しています。その同じ権利が、税関やECサイトでは模倣品を止める手段になり、店頭では商品の違いを顧客に説明する材料になります。権利化、模倣品対策、商品PRを一つの流れで動かしていることが、大きな特徴です。
貝印の模倣品対策
カミソリや包丁、爪切りなどで知られる貝印は、長年、国内外の模倣品に悩まされてきました。
模倣品を見つけて対応しても、別の商品や販売者が現れる。個別に追い続けるだけでは終わりが見えず、一時は対策を半ば諦めていたと報じられています。
その方針が変わったのが2018年です。
貝印は中期経営方針に「知財強化」を盛り込み、模倣品対策だけでなく、商品企画や営業、広告まで知財部門が関与する体制へと変えていきました。
現在、同社が公表する模倣品対策の実績は、直近3年間で300件以上。差止め、摘発、ECサイトからの出品取り下げなどに成功した模倣品は、正規品価格換算で4.8億円相当に上ります。対象国は、日本、中国、台湾、インド、英国、トルコ、インドネシア、シンガポール、米国などです。(貝印)
この事例で注目したいのは、模倣品を止める知財活動と、商品の違いを顧客に伝える活動が、同じ仕組みの中で動いている点です。
なぜ、それが可能になったのでしょうか。
2018年の知財改革――出願の前から知財部門が入る
同社は2018年の中期経営方針に「知財強化」を盛り込み、「知財分析・コンサル機能」の強化に着手しました。(特許庁)
現在は、知財部門を企業価値・商品価値を高める「差別化(差異化)担当部門」と位置付けています。
特徴的なのは、商品の仕様が固まってから「これを出願してください」と知財部門へ渡すのではないことです。
企画前の分析から、商品開発、ネーミング、広告コピー、プロモーションまで知財部門が関与します。商品開発の9年間を通じて知財部門が伴走したブランドもあります。(貝印)
取得した特許や意匠を商品の特徴として広告やパッケージで伝える「商品価値化策®」も、2019年以降250件以上実施されています。
外国への特許・実用新案・意匠・商標の出願件数は2019年から約3倍に増加。貝印が公表する「活用特許」の割合も2025年10月時点で80.6%です。
つまり、知財を商品を考える段階から販売後まで関与させている点が特徴です。
意匠権と模倣品対策――税関で使える権利になっているか
貝印は2019年、知財功労賞の「知財活用企業(意匠)」として特許庁長官表彰を受けました。
特許庁は当時、貝印が模倣品対策に力を入れ、税関での取締り効果も考慮して意匠権を活用していることを紹介しています。(特許庁)
ここには、意匠出願を考えるうえで重要な視点があります。
意匠権者は、侵害すると認める貨物が輸入されようとする場合、関税法69条の13に基づいて税関長に輸入差止申立てを行うことができます。(財務省・税関)
ただし、意匠登録証を持っていれば自動的に止まるわけではありません。
税関の手続では、登録意匠の形状等を説明し、侵害疑義品の対応部分を特定し、両者を対比して、なぜ登録意匠またはその類似範囲に属するのかを示します。さらに、真正品と侵害疑義品を見分けるための「識別ポイント」を図解した資料も求められます。(財務省・税関)
ここから逆算すると、出願時に考えるべきことも変わります。
模倣されたとき、その特徴を第三者に説明しやすい権利になっているか。
例えば、模倣されやすい特徴が製品全体ではなく一部分にあるなら、部分についての意匠保護を検討する余地があります。シリーズ展開を予定しているなら、関連意匠を含め、どこまでバリエーションを押さえるかも問題になります。
重要なのは、権利化するときに、将来どの場面でその権利を使うのかまで考えることです。
なぜ模倣品対策が営業につながるのか
模倣品対策と商品PRは、一見すると別の仕事です。
しかし、貝印では両者が実際につながっています。
まず、同社CIPOの地曵慶一氏はインタビューで、模倣品対策をバイヤーなどへも発信していると説明しています。
「模倣品を見逃さない」という姿勢を示すことで、取引先に安心感を持ってもらう。模倣品対策そのものを営業の後方支援にも使っているという考え方です。(Tokkyo.Ai)
さらに、特許や意匠については、商品そのものの特徴を説明する「知財POP」などにも利用しています。
ここには共通点があります。
模倣品を止めるには、正規品と模倣品の何が違うのかを明確にしなければなりません。
商品を選んでもらうにも、競合商品と自社商品の何が違うのかを説明しなければなりません。
知財の機能が、同時にセールスポイントにもなる。貝印が「差別化(差異化)担当部門」という言葉を使う理由も、ここにあります。
「特許取得」を商品PRに使うなら、表示管理まで必要
一方、特許や意匠を広告に使えば、それで終わりではありません。
例えば「特許取得」という表示です。
特許法188条は、特許に係る物ではない物やその包装に特許表示またはこれと紛らわしい表示を付すこと、そのような物を譲渡・展示すること、広告で特許に係る旨を表示することなどを禁止しています。
違反には、同法198条により3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金が定められています。
また、法人の業務に関して違反が行われた場合には、同法201条により、法人にも1億円以下の罰金が科される可能性があります。(e-Gov法令検索)
したがって、「特許取得」のPOPを作るなら、
- その特許は現在も存続しているか
- その商品が本当に特許発明を実施しているか
- モデルチェンジ後の商品にも同じ表示を使えるか
- 権利消滅後にパッケージや広告を更新できるか
まで管理する必要があります。
つまり、特許番号―権利状態―対象商品―広告表示を対応付けておく必要があるということです。
さらに、「特許取得」を商品の性能や品質の優位性と結び付ける場合、表示内容によっては景品表示法5条1号の優良誤認も問題になり得ます。消費者庁は、商品・サービスの品質、規格その他の内容について、実際のものより著しく優良であると一般消費者に示す表示を禁止しています。(消費者庁)
意匠登録表示についても、意匠法65条が虚偽表示を禁止し、同法71条・74条が罰則を定めています。ただし、罰則の内容は特許法と同一ではありません。
知財を販促に使うなら、権利取得と広告表示の管理を切り離せません。
知財部門がない会社でも、3つはつなげられる
もちろん、すべての会社が貝印のような専任の知財部門を持てるわけではありません。
それでも、考え方は使えます。
まず、次の3つを対応付けます。
① 権利 × 製品
どの特許・意匠・商標が、どの商品、どの特徴を守っているのか。
② 権利 × 訴求点
その特徴は、顧客にどんな価値として説明できるのか。広告表示と権利の状態は一致しているか。
③ 権利 × 権利行使
模倣された場合、税関、ECプラットフォーム、警告などで実際に使える権利になっているか。
次に、この3つの対応関係を、商品の企画から販売後までの流れに落とし込みます。
商品の企画段階で競合との違いを見つける。権利として押さえる。模倣されたら権利を使う。そして、その違いを顧客にも伝える。
この流れを途中で切らないことです。
専任の知財部門がなければ、経営者、商品企画担当者、開発担当者、外部の弁理士などでこの役割を分担することになります。
貝印の模倣品対策と商品PRをつないでいるのは、一枚の特許証や意匠登録証ではありません。
知財を、商品企画の前から販売後まで通す仕組みです。
参考資料
- 貝印株式会社「DUPS³を具現化するKAIの知財戦略」(2026年8月18日閲覧)
- 特許庁「知財活用企業紹介 貝印株式会社――高付加価値商品を開発するために貝印が展開する知財戦略とは?」(2026年8月18日閲覧)
- 特許庁「貝印株式会社と意見交換を行いました」(2026年8月18日閲覧)
- 特許庁「特許行政年次報告書2019年版」(2026年8月18日閲覧)
- 財務省・税関「差止申立制度等の概要」(2026年8月18日閲覧)
- 財務省・税関「権利別申立ての具体的手順(意匠権)」(2026年8月18日閲覧)
- Tokkyo.Ai「『価値を創出する知財』貝印株式会社 取締役 上席執行役員 知財・法務本部長 CIPO兼CLO 地曵慶一氏インタビュー」(2023年11月24日)
- e-Gov法令検索「特許法」(2026年8月18日閲覧)
- e-Gov法令検索「意匠法」(2026年8月18日閲覧)
- e-Gov法令検索「関税法(第69条の13)」(2026年8月18日閲覧)
- e-Gov法令検索「不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)」(2026年8月18日閲覧)
- 消費者庁「優良誤認とは」(2026年8月18日閲覧)