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この記事の結論
企業価値担保権は、特許を単独で値付けして担保に取る制度ではありません。会社の総財産を一体として担保の目的とし、事業の将来性を踏まえて融資するための制度です。だからこそ知財側では、特許の件数や単体価格ではなく、技術・権利・ノウハウが製品の優位性、顧客の選択、売上・将来キャッシュフローにどうつながるかを説明できる状態にしておくことが重要です。
2026年7月、日本経済新聞は、上場廃止となったブイキューブが、三菱UFJ銀行を主幹事とする協調融資を受けると報じました。
使われるのは、2026年5月25日に始まった企業価値担保権です。同紙は、企業価値担保権を事業再生に活用する第1号案件と位置付けています。
この制度は知財を考えるうえで非常に興味深いものです。
なぜなら、金融庁が企業価値担保権について説明するとき、「技術・ノウハウ」「技術競争力」「顧客基盤・ブランド力」といった、これまで貸借対照表だけでは捉えにくかった要素を明示的に取り上げているからです。
企業価値担保権によって変わるのは、「企業の知財が事業のどこに効いているのか」を説明する重要性です。
企業価値担保権とは何か
企業価値担保権は、不動産担保や経営者保証だけに頼るのではなく、事業の将来性を踏まえて融資しやすくするために設けられた新しい担保制度です。
例えば、優れた技術や顧客基盤を持っていても、不動産などの担保にできる資産が少ない企業があります。
従来型の融資では、こうした企業の強みを十分に融資判断へ反映しにくい場合がありました。
企業価値担保権では、個々の不動産や設備だけを見るのではなく、技術・ノウハウ、顧客基盤、ブランド、事業計画なども踏まえながら、その事業が将来どのように収益を生み出すのかを見ることが想定されています。
担保対象に特許などの知財は含まれるか
企業価値担保権について、法律はかなり特徴的な定め方をしています。
会社の総財産(将来において会社の財産に属するものを含む。)
を、一体として企業価値担保権の目的にできると定めています。したがって、会社が持つ特許権や商標権なども、その総財産の一部に含まれ得ます。
金融庁は、この制度を不動産担保や経営者保証に過度に依存せず、事業の将来性に基づく融資を後押しするものと説明しています。
債務超過でも技術・事業の強みは評価されるか
ブイキューブの事例は、この点を考える入口として象徴的です。
同社は2024年12月期に続いて2025年12月期も債務超過となり、その後、上場廃止となりました。
一方、再建スポンサーとなった日本革新投資(J-INC)は、別のものを見ています。
2026年3月の発表では、ブイキューブが国内で長年培ってきたDX事業を「極めて強固」と評価し、多くの顧客から得ている信頼と支持に同社の価値があると説明しています。
つまり、現在の財務状態と、その会社が将来収益を生み出す力は同じではありません。
技術系企業なら、これはさらに分かりやすいでしょう。
研究開発への先行投資が大きければ、現在の利益は小さくても、競争力のある技術が蓄積されていることがあります。
逆に、特許を100件持っていたとしても、それらが現在の商品や将来の事業とほとんど結び付いていなければ、「この会社が今後も稼げる理由」の説明には使いにくい。
そこで問われるのは、知財の数よりも、知財と事業のつながりです。
金融機関は技術力・製品の独自性をどう見るか
この点は、金融庁と中小企業庁が示している「将来性展望シート」を見ると、さらに具体的になります。
このシートは、企業価値担保権を利用している企業が新たに信用保証を利用する場合などに、金融機関から信用保証協会へ提出するものです。
そこでは「事業の強み・弱み、外部環境」について、
当該企業の収益構造に影響を与えている要素
(販売先、技術力、製品の独自性 等)
を記載し、そのうえで「当面の売上見通し」「投資計画」などを示すことが想定されています。
ここが重要です。「特許が10件あります」だけでは、事業価値を説明できていません。
では、こう説明したらどうでしょうか。例えば、以下のような説明が必要になります。
独自の制御技術によって、従来方式より製造時間を30%短縮できる。
その中核となる制御方法について特許を取得しており、競合が同じ方法を採用する際の障壁になっている。
この性能を理由に主要顧客3社で採用され、対象製品が現在の売上の40%を占めている。
同じ特許でも、意味がまったく変わります。
ここでは、
まで一本の線が引かれています。特許は、その途中にある「競争優位」を支える一つの要素です。そこまで説明できて初めて、知財と事業価値がつながります。
知財部門は何を準備すべきか
では、企業側では何を準備しておけばよいのでしょうか。
企業価値担保権のためだけに特別な「知財評価書」を作る、という話ではありません。
むしろ、普段から競争力と知財の関係を説明できる状態にしておくことが重要です。
1.技術と事業を対応付ける
まず確認したいのは、どの技術が、どの商品・サービス・工程を支えているかです。
特許一覧だけではなく、
「特許A → 製品X」
「ノウハウB → 製造工程Y」
というように、技術と実際の事業を対応付けます。
さらに可能であれば、その製品がどの顧客に採用され、どの程度の売上を生んでいるのかまでつなげます。
2.競争優位の理由を分解する
次に、なぜ競合が簡単に同じ価値を提供できないのかを考えます。
特許権があるからなのか。
外部から再現しにくいノウハウがあるからなのか。
データの蓄積に時間がかかるからなのか。
顧客との長期的な関係があるからなのか。
ブランドが選択理由になっているのか。
一つの商品でも、競争優位の理由は複数存在します。
重要なのは、漠然と「技術力が高い」と言うのではなく、その正体を分解することです。
3.第三者に説明できるようにする
最後に必要なのが、裏付けです。
特許であれば特許公報やクレームと製品との対応。
ノウハウであれば開発記録や管理状況。
共同開発であれば契約書。
技術的な優位性であれば性能比較や採用実績。
こうした資料があれば、「当社には優れた技術があります」という自己評価を、「この技術が、この理由で顧客に選ばれ、この売上につながっている」という第三者にも検証できる説明へ変えられます。
銀行融資に限らず、出資を含む資金調達、M&A、共同開発、事業承継など、会社の価値を第三者に説明する多くの場面で使える考え方です。
FAQ
企業価値担保権は、特許を単独で担保の目的にする制度ではありません。
会社の総財産を一体として担保の目的とし、技術、ノウハウ、顧客基盤、ブランドなどを含む事業全体の将来収益力を踏まえて融資するための制度です。
「特許が何件あるか」だけではなく、その特許がどの商品やサービスを支え、どのような競争優位を生み、顧客が選ぶ理由や売上にどうつながっているかを説明します。
技術から将来キャッシュフローまでを一本の線で示すことが重要です。
特許公報やクレームと製品との対応、ノウハウの開発・管理記録、共同開発契約、性能比較、顧客への採用実績などをそろえます。
第三者が「この技術が、この理由で顧客に選ばれ、この売上につながっている」と検証できる資料が必要です。
債務超過であっても、技術、顧客基盤、ブランドなどの事業上の強みや将来収益力が残っていることはあります。
ただし、企業価値担保権を利用すれば必ず融資を受けられるわけではなく、実際の融資判断は金融機関が事業の将来性などを踏まえて行います。
知財の金額評価より先に何を説明すべきか
もちろん、知財を金額で評価する必要がある場面はあります。しかし、企業経営という観点では、その前に聞いてみたいことがあります。
この技術は、どの商品を支えているのか。
顧客は、なぜ競合ではなく自社を選んでいるのか。
競合が同じ価値を提供しようとしたとき、何が障壁になるのか。
そして、
その障壁を、特許、ノウハウ、契約、データなどによって第三者に説明できるか。
企業価値担保権の制度資料を見ると、金融の側でも「技術力」「製品の独自性」「顧客基盤」「ブランド力」といった、数字だけでは捉えにくい事業の強みを見ることが明示されています。
だからこそ、知財側も権利の取得だけで終わらせない。
技術から競争優位へ。
競争優位から顧客へ。
顧客から売上へ。
その線を引いておく。
特許の価値を考えるとき、「この特許はいくらか」よりも「この特許は、どの売上を支えているのか」から考えてみてもよいのではないでしょうか。
参考資料
- 日本経済新聞「三菱UFJ銀、企業価値担保権使い再生 第1号は上場廃止のブイキューブ」(2026年7月30日、会員限定・報道)
- 金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」(2026年8月9日閲覧)
- 金融庁「地域金融機関による地域活性化の取組と経営環境の変化」(2025年9月5日)
- 衆議院「事業性融資の推進等に関する法律」
- 株式会社ブイキューブ「2025年12月期有価証券報告書の提出完了と当社株式の上場廃止の決定及び整理銘柄への指定に関するお知らせ」(2026年4月30日)
- 日本取引所グループ「株式会社ブイキューブ株式の上場廃止日について」(2026年5月19日)
- 日本革新投資「V-cubeとのスポンサー基本契約締結のお知らせ~ブイキューブの再建に向けて~」(2026年3月31日)
- 金融庁・中小企業庁「企業価値担保権制度と信用保証制度の利用に関する留意事項」