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この記事の結論
AI受託開発では、「成果物は発注者に帰属する」という一文だけでは十分ではありません。対象ごとに、納品物、権利帰属、発注者の利用、受託会社の再利用、第三者の条件、契約終了後の扱いを分けて定める必要があります。
AIシステムの受託開発契約では、「成果物に関する権利は発注者に帰属する」という条項が置かれることがあります。
しかし、この一文だけで、発注者が事業に必要な権利を確保し、受託会社が自社の技術を適切に再利用できる状態になるとは限りません。
AI受託開発では、ソースコードだけでなく、学習済みモデル、プロンプト、顧客データ、操作ログ、汎用モジュール、発明、ノウハウ、外部API、OSSなど、性質の異なるものが組み合わされています。
そのため、「成果物は誰のものか」を一括して決めるのではなく、対象ごとに次の点を確認する必要があります。
- 何を納品するのか
- どのような権利が関係するのか
- 発注者はどこまで利用・改変できるのか
- 受託会社は別案件で再利用できるのか
- 契約終了後も利用できるのか
重要なのは、発注者がAIシステムを継続して運営でき、受託会社も自社の汎用技術を適切に利用できるように、対象ごとの権利と利用範囲を切り分けることです。
経済産業省の「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」も、提供データ、生成物、サービス水準、ログなどの論点を分けて確認する考え方を示しています。
※本記事は、2026年8月6日時点の法令をもとに、知的財産権と契約上の利用条件を中心に解説しています。データの取扱いに関する法令上の論点を網羅するものではありません。
「成果物は発注者に帰属する」の一文で十分か
成果物の権利を取得することと、その成果物を実際に運用できることは同じではありません。
例えば、発注者がソースコードの著作権を取得しても、ソースコード自体が納品されなければ、他の開発会社へ保守を引き継ぐことは困難です。
ソースコードが納品されていても、次の情報や権限が受託会社側に残っていれば、発注者だけではシステムを運用できないことがあります。
- リポジトリへのアクセス権限
- 開発環境や本番環境の設定
- モデルの重みやパラメータ
- プロンプトテンプレート
- 学習・評価の手順
- APIキーや管理者アカウント
- デプロイや障害対応の資料
反対に、「開発に関して生じた成果物一切」を発注者に帰属させると、受託会社が以前から保有していた汎用モジュールや開発手法まで、移転対象に含まれることになってしまいます。
発注者にとって必要なのは、成果物をすべて所有することではなく、システムを利用し、改変し、他社へ保守を委託し、必要に応じて別の環境へ移行できることです。
受託会社にとっては、顧客固有の情報を持ち出さないことを前提に、汎用的なコードや開発ノウハウを他案件で利用できることが重要です。
AI受託開発の成果物をどの種類に分けるべきか
AI受託開発で扱われるものは、大きく3つに分けられます。
①案件のために新しく作られたもの
例えば、次のようなものです。
- 案件固有のソースコード
- 学習済みモデル
- プロンプト
- 入出力設計
- 設定ファイル
- 仕様書や検証報告書
- 新たな発明
- 開発によって得られたノウハウ
これらについては、発注者へ権利を移転するのか、受託会社に権利を残して利用を許諾するのかを検討します。
②受託会社が以前から保有していたもの
例えば、次のようなものです。
- 既存のソースコード
- 汎用モジュール
- 開発フレームワーク
- 評価ツール
- プロンプトのひな型
- 既存モデル
- 開発手法やノウハウ
今回の案件で使用されたとしても、それだけで発注者のために新しく作られた成果になるわけではありません。
発注者にはシステムを運用するための利用権が必要ですが、受託会社が他案件で利用できなくなるような全面移転が、常に適切とは限りません。
③第三者の条件に従うもの
例えば、次のようなものです。
- OSS
- 外部API
- 基盤モデル
- クラウドサービス
- 第三者が提供するデータ
- 外部生成AIの出力
これらについては、発注者と受託会社の契約だけで、自由に利用条件を決めることはできません。
第三者が定めたライセンスや利用規約を確認する必要があります。
契約全体を検討する際には、経済産業省の「AI・データの利用に関する契約ガイドライン 1.1版」も参考になります。AI共同開発で役割・成果・事業化条件をどう分けるかは、「AIを買うのではなく、不確実性を分ける」で解説しています。
対象ごとにどの権利・利用関係を確認するか
AI受託開発では、対象によって、関係する権利と、発注者・受託会社に必要な利用範囲が異なります。
| 対象 | 主な権利等 | 発注者に必要な利用範囲 | 受託会社の利用範囲 |
|---|---|---|---|
| 新規ソースコード | 著作権、営業秘密 | 使用、複製、改変、保守委託 | 保守・改良、共通部分の他案件利用(案件固有部分を除く) |
| 既存コード・汎用モジュール | 著作権 | 運用に必要な利用許諾 | 開発・保守・改良、他案件への再利用 |
| 学習済みモデル | 構成要素に応じて著作権、営業秘密等 | 推論、追加学習、複製、移行 | 推論・追加学習、汎用モデルや学習手法の他案件利用 |
| プロンプト・処理フロー | 内容により著作権、発明(特許法2条1項)、営業秘密 | 使用、修正、別モデルへの移行 | 保守・改善、汎用部分の他案件利用(案件固有部分を除く) |
| 顧客提供データ | 著作権、営業秘密、契約上の利用条件 | 開発、検証、運用に必要な範囲で利用する | 対象案件の開発・検証・運用に限定(再利用は原則不可) |
| 操作ログ・評価データ | 内容により営業秘密、著作権、契約上の利用条件 | 障害対応、監査、品質確認 | 障害対応・品質改善、他案件利用は合意した範囲 |
| 仕様書・報告書 | 著作権、営業秘密 | 社内利用、改変、保守会社への開示 | 保守・改善、ひな型・一般的手法の他案件利用 |
| 発明 | 特許を受ける権利 | 出願、実施、事業化 | 対象案件での実施、他案件での実施・ライセンスは契約範囲 |
| ノウハウ | 営業秘密等 | 対象事業に必要な範囲で利用する | 保守・改善、一般的経験の他案件利用(顧客固有情報を除く) |
| 基盤モデル・外部API・OSS | 第三者の著作権、利用許諾等 | ライセンスや規約の範囲内で利用する | ライセンスや規約の範囲内で利用する |
この表は、すべての案件に共通する結論を示すものではありません。
例えば、同じ学習済みモデルでも、発注者のデータを使って新たに学習したものか、受託会社の既存モデルを調整したものかによって、適切な定め方は異なります。
また、プロンプトや学習済みモデルについて、常に著作権が成立するわけではありません。著作物に該当するかは、思想又は感情を創作的に表現したものといえるかという著作権法2条1項1号の定義に基づき、個別に判断されます。
権利移転と利用許諾をどう使い分けるか
著作権などの権利自体を発注者へ移す方法が「権利移転」です。著作権は、その全部又は一部を譲渡できます(著作権法61条1項)。
これに対して、権利は受託会社に残しながら、発注者に一定の範囲で利用を認める方法が「利用許諾」です。著作権者は他人に著作物の利用を許諾でき、許諾を受けた者は、定められた利用方法と条件の範囲内で利用できます(著作権法63条1項・2項)。
発注者独自の業務に合わせて作成されたソースコードや仕様書については、発注者への権利移転を検討することがあります。
一方、受託会社が複数の案件で利用する汎用モジュールや開発基盤については、権利を受託会社に残し、発注者へ必要な利用を許諾する方法が考えられます。
①受託会社が著作権を取得できているか
プログラムは、著作権法上の著作物の一つとして例示されています(著作権法10条1項9号)。
受託会社の従業員が、受託会社の発意に基づき職務上プログラムを作成した場合には、契約や勤務規則等に別段の定めがない限り、受託会社が著作者となります(著作権法15条2項)。
一方、再委託先がコードを作成した場合には、受託会社が当然に著作権を取得するとは限りません。著作権は原則として著作者が享有するため(著作権法17条1項)、受託会社が発注者へ著作権を移転するには、その前提として、作成者から受託会社への権利移転が必要になることがあります。
したがって、ソースコードについても、
コードを作成した者 →受託会社 →発注者
という権利の流れを確認する必要があります。
②著作権を譲渡する場合に確認すること
著作権法27条の翻訳権・翻案権等と、同法28条の二次的著作物の利用に関する権利は、譲渡契約に明記されていなければ、譲渡人に留保されたものと推定されます(著作権法61条2項)。
また、著作者人格権は著作者に一身専属し、譲渡できません(著作権法59条)。そのため、改変を予定する場合には、著作者人格権の不行使に関する条項を検討する必要があります。
利用許諾とする場合には、次の事項を明確にします。
- 複製・改変できるか
- 子会社や関係会社も利用できるか
- 顧客へのサービス提供に利用できるか
- 他の開発会社へ保守を委託できるか
- 事業譲渡の際に利用権を承継できるか
- 契約終了後も利用できるか
利用許諾を受けた者が利用できる範囲は、許諾された利用方法と条件によって決まります(著作権法63条2項)。発注者が将来どのようにサービスを運営するかを踏まえて、必要な利用範囲を定めることが重要です。
受託会社の既存・汎用技術をどう扱うか
AI受託開発では、案件固有の成果と、受託会社の汎用技術との境界が曖昧になりやすい傾向があります。
例えば、顧客ごとに異なる画面や業務ルールは案件固有であっても、その裏側で使われる認証、データ処理、エラー処理、モデル接続などは、複数案件に共通することがあります。
すべてを発注者に帰属させると、受託会社は共通技術を他案件で利用しにくくなります。反対に、すべてを受託会社に残すと、発注者が他社へ保守を切り替えられず、受託会社への依存が強くなることがあります。
一つの考え方は、次のような切り分けです。
案件固有の成果は発注者へ移転し、受託会社の既存・汎用技術は受託会社に残す。ただし、発注者には対象事業を継続するために必要な利用権を認める。
もっとも、「案件固有」「汎用」と契約書に書くだけでは、具体的な境界が分かりません。
契約締結時に受託会社がすでに保有しているコード、モジュール、モデル等を一覧化し、開発によって新たに作られる部分と区別しておくことが望まれます。
既存技術を守りながら開発成果の帰属を定める考え方については、中小企業庁の「知的財産取引に関するガイドライン・契約書のひな形」も参考になります。
AI開発で生まれた発明は誰に帰属するか
AIシステムの開発過程では、新たな処理方法、モデル制御、データ処理、評価方法、システム連携などの発明が生じることがあります。
特許法上の「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいいます(特許法2条1項)。
この場合、ソースコードの著作権を誰に帰属させるかを決めるだけでは、特許出願に関する事項までは決まりません。
発明者を誰と認定するかという問題と、特許を受ける権利を誰に帰属・承継させるかという問題は、分けて考える必要があります。
特許を受ける権利は移転できます(特許法33条1項)。しかし、受託会社が発注者へ移転するためには、その前提として、受託会社自身がその権利を取得していなければなりません。
①従業員から受託会社への権利の流れを確認する
受託会社の従業員が職務発明をした場合でも、発注者と受託会社の契約だけで、その発明に関する権利が発注者へ移るわけではありません。
まず、従業員と受託会社との間で、特許を受ける権利がどのように帰属・承継されるかを確認する必要があります。
職務発明制度の概要と手続資料は、特許庁の「職務発明制度について」でも公表されています。
職務発明については、主に次の取扱いがあります。
- 契約、勤務規則その他の定めにより、発明の発生時から特許を受ける権利を受託会社に帰属させる方式(特許法35条3項)
- 権利をいったん従業員に原始帰属させ、職務発明規程等に基づいて受託会社が予約承継する方式(特許法35条2項の反対解釈、同条4項)
- 事前の定めを置かず、発明後に従業員から個別に譲渡を受ける方式(特許法33条1項)
使用者等に原始帰属させる定めがある場合には、特許を受ける権利は発生時から使用者等に帰属します(特許法35条3項)。
一方、従業員に原始帰属させた上で、職務発明規程等に基づき使用者等が承継する予約承継方式を採用することもできます。特許法35条4項は、契約・勤務規則等により使用者等に権利を取得・承継させた場合の、従業者等の相当の利益について定めています。
事前の帰属・承継に関する定めがなく、受託会社が個別の譲渡も受けていない場合には、特許を受ける権利は従業員側に残ります。この場合、受託会社は職務発明について法定通常実施権を有する可能性がありますが(特許法35条1項)、この通常実施権は、発注者へ特許を受ける権利を譲渡できることを意味しません。
したがって、確認すべきなのは、単に「職務発明規程があるか」ではありません。
受託会社がどの方式を採用し、その規程や契約に基づいて、実際に特許を受ける権利を取得できているかを確認する必要があります。
受託会社が権利を取得していなければ、発注者と受託会社の契約に「発明に関する権利を発注者へ譲渡する」と書かれていても、受託会社から発注者への権利移転が完了しない可能性があります。
権利の流れは、受託会社が採用する方式によって異なります。
使用者等への原始帰属を定める場合:発明の完成時から受託会社に帰属し、その後、受託会社から発注者へ移転する
従業員に原始帰属する場合:発明者から受託会社へ承継し、その後、受託会社から発注者へ移転する
②共同発明を安易に共有にしない
発注者と受託会社の技術者が、共同で発明の完成に技術的に関与した場合には、特許を受ける権利が共有となることがあります。
特許を受ける権利が共有である場合、共有者は共同で特許出願をしなければなりません(特許法38条)。また、出願前の持分の譲渡には、他の共有者の同意が必要です(特許法33条3項)。
特許登録後については、各共有者は、契約で別段の定めがない限り、他の共有者の同意を得ずに自ら特許発明を実施できます(特許法73条2項)。
一方、共有持分の譲渡には他の共有者の同意が必要であり(特許法73条1項)、第三者への専用実施権の設定又は通常実施権の許諾にも、他の共有者の同意が必要です(同条3項)。
例えば、発注者が技術を自社サービスで使用するだけであれば問題が表面化しなくても、将来、他社へライセンスしたり、事業譲渡に伴って持分を移転したりする際に、受託会社の同意が必要になることがあります。
共有を選ぶ場合には、持分割合だけでなく、次の事項も決める必要があります。
- 誰が特許出願を決めるか
- 出願国をどう決めるか
- 出願・審査・維持費用をどう負担するか
- 各社がどの事業分野で実施できるか
- 第三者へのライセンスをどの条件で認めるか
- 持分の譲渡をどのように扱うか
- 一方が出願や権利維持を希望しなくなった場合にどうするか
共同発明であっても、必ず共有にする必要はありません。
一方に特許を受ける権利を移転し、他方に必要な実施権を与える方法も含め、将来の事業化やライセンス方針に合わせて設計することが重要です。共同開発における知財の持ち方でも、既存知財と新しい成果の境界を解説しています。
ノウハウを契約でどう扱うか
AI開発では、モデルの選定基準、パラメータの調整方法、評価の着眼点、エラーの回避方法など、コードや文書として明確に切り出しにくい知見が生まれます。
これらのノウハウは、不正競争防止法上の営業秘密として保護される可能性があります。
ただし、契約書で「ノウハウ」と呼ぶだけでは足りません。営業秘密に該当するためには、秘密として管理されていること、有用な技術上又は営業上の情報であること、公然と知られていないことが必要です(不正競争防止法2条6項)。
また、ノウハウについて「発注者に帰属する」「受託会社に帰属する」と決めても、それだけでは実際の利用方法は明確になりません。
例えば、受託会社が別案件で応用できるのか、発注者が保守会社へ開示できるのか、契約終了後も利用できるのかは、帰属を決めただけでは分からないからです。
そのため、契約では次の点を具体的に定めます。
- 誰がアクセスできるか
- 対象案件以外に利用できるか
- 第三者へ開示できるか
- 契約終了後も利用できるか
- どのように秘密として管理するか
特に、受託会社が以前から持っていた一般的な知識・経験と、顧客のデータや秘密情報に基づいて得られた顧客固有のノウハウは、分けて扱う必要があります。
顧客データやログの利用範囲をどう決めるか
顧客データや操作ログは、「誰に帰属するか」だけではなく、契約上、どの目的で利用できるかを定める必要があります。
開発・検証・運用のための利用と、サービス全体の改善、モデル学習、統計化、別案件への転用では、利用目的が異なります。
契約では、少なくとも次の点を確認します。
- 開発、検証、運用のどの目的で利用できるか
- サービス全体の改善やモデル学習に利用できるか
- 外部AI事業者へ送信できるか
- 再委託先へ提供できるか
- 他案件へ再利用できるか
- 契約終了後に返還又は削除するか
契約上の条件と実際の取扱いを結びつけるため、データ提供一覧、アクセスログ、削除記録などを残すことも重要です。記録の残し方は、「AI開発の知財証拠は、いつ何を残すべきか」で解説しています。
外部AI・OSS・APIの権利条件をどう確認するか
AI受託開発では、外部の基盤モデル、API、OSSなどがシステムに組み込まれることがあります。
これらについては、発注者と受託会社が「成果物は発注者に帰属する」と合意しても、第三者の権利や利用条件まで変更することはできません。
OSSや外部サービスの利用は、著作権者等による利用許諾の条件に従います。著作権法上も、利用許諾を受けた者が著作物を利用できるのは、許諾された利用方法及び条件の範囲内です(著作権法63条2項)。
契約前には、使用する外部AI、OSS、APIについて、少なくとも次を確認します。
- 名称とバージョン
- 利用する機能
- ライセンス又は利用規約
- 商用利用の可否
- 改変・再配布の条件
- 表示やソースコード提供の義務
- 利用料金
- 規約変更やサービス終了への対応
顧客データを外部AIへ送信する場合には、契約上の秘密保持義務に加え、入力データの二次利用、モデル学習への使用、保存期間、削除、再委託先での取扱いを、受託開発契約と外部AIの利用規約の双方で確認します。
AI生成物の著作物性と利用時の考え方については、文化庁の「AIと著作権について」も参考になります。
契約終了後も事業を続けるには何を引き継ぐべきか
成果物条項を確認するときは、開発が完了した時点だけでなく、受託会社との契約が終了した後も考える必要があります。
発注者側では、次の点を確認します。
- ソースコードを取得できるか
- リポジトリを引き継げるか
- 学習済みモデルを移行できるか
- 顧客データやログを返還・取得できるか
- 管理者アカウントを引き継げるか
- 他社へ保守を委託できるか
- APIや基盤モデルを切り替えられるか
- 移行支援を受けられるか
- 利用許諾が契約終了後も存続するか
著作権が発注者に移転していても、必要なファイル、アカウント、設定情報、技術資料が引き渡されなければ、事業を継続できないことがあります。
利用許諾によって成果物を使用している場合には、契約終了後も利用許諾が存続するのかを明確にする必要があります。著作物を利用できる範囲は、利用許諾の条件によって定まるからです(著作権法63条2項)。
受託会社側でも、契約終了後に保持できる汎用技術と、返還・削除すべき顧客データや秘密情報を分ける必要があります。
契約前にどの成果物・権限を一覧化すべきか
成果物条項を検討するときは、最初から抽象的な契約文言を作るのではなく、実際に開発で扱う対象を一覧化する方法が有効です。
| 確認項目 | 契約で定める内容 |
|---|---|
| 対象 | コード、モデル、プロンプト、データ、文書等 |
| 区分 | 新規成果、受託会社の既存資産、第三者要素 |
| 納品 | ファイル、アクセス権、アカウント、資料等 |
| 発注者の利用 | 本番利用、複製、改変、保守委託、顧客提供等 |
| 受託会社の利用 | 再利用、一般化、他案件への転用等 |
| 外部条件 | OSS、API、クラウド、基盤モデルの規約 |
| 契約終了後 | 継続利用、返還、削除、移行、保守引継ぎ |
| 発明 | 発明者、職務発明、帰属、出願判断、費用 |
この一覧を作ることで、発注者へ権利を移転すべき部分と、受託会社に権利を残して利用を許諾すべき部分が見えやすくなります。
また、著作権については作成者から受託会社、受託会社から発注者への権利の流れを確認しやすくなります。発明については、発明の完成時から受託会社に帰属する方式か、発明者から受託会社へ承継する方式かを確認した上で、受託会社から発注者への移転方法を定めます。
成果物の権利についてよくある誤解
①開発費を全額支払えば、成果物の権利も発注者に移る
開発費の支払と知的財産権の移転は別の問題です。
著作権は譲渡契約によって移転します(著作権法61条1項)。特許を受ける権利も移転できますが(特許法33条1項)、実際に移転するための合意と権利の流れを確認する必要があります。
②著作権を取得すれば、自由に保守・改変できる
著作権の移転範囲に加え、ソースコードの納品、アクセス権、外部ライセンス、受託会社の既存技術などを確認する必要があります。
特に、著作権法27条・28条の権利は譲渡契約で明記されていなければ譲渡人に留保されたものと推定されます(著作権法61条2項)。
③「成果物一切」と書けば、モデルやノウハウも含まれる
対象が具体的に特定されていなければ、どこまで含まれるかが問題になります。
また、ノウハウや顧客データは、単純な権利譲渡だけでは扱いを決めにくい対象です。営業秘密については、不正競争防止法2条6項の要件と契約上の秘密保持義務を確認し、顧客データについては利用目的、再利用、返還・削除などの条件を具体的に定めます。
④発注者にすべて帰属させるほど安全である
受託会社の既存・汎用技術まで移転対象にすると、受託会社が別案件で利用できなくなる可能性があります。
権利移転だけでなく、発注者の事業継続に必要な利用許諾を確保する方法も検討すべきです(著作権法63条)。
⑤共同発明は共有にしておけば公平である
共有は、必ずしも中立的で扱いやすい解決策ではありません。
共有特許では、各共有者が原則として自ら発明を実施できる一方(特許法73条2項)、第三者へのライセンスや持分の譲渡には、他の共有者の同意が必要です(同条1項・3項)。
将来のライセンスや事業譲渡を考えると、共有が事業展開の制約になることがあります。
よくある質問
十分とは限りません。 成果物の範囲、受託会社の既存技術、外部サービス、改変、第三者保守、受託会社の再利用、契約終了後の利用なども定める必要があります。
案件固有部分か、受託会社が以前から保有していた汎用部分かによって異なります。 顧客の営業秘密に該当する情報については、不正競争防止法2条6項の要件と、契約上の秘密保持義務を確認する必要があります。
プロンプトの内容や表現によって異なります。 著作権法上の著作物に当たるかは、思想又は感情を創作的に表現したものといえるかによって判断されます(著作権法2条1項1号)。著作物に当たらない場合でも、営業秘密として管理できる可能性があります(不正競争防止法2条6項)。
発注者と受託会社の契約だけでは足りません。 受託会社が、特許法35条3項に基づき発明の発生時から特許を受ける権利を取得するのか、いったん従業員に帰属した権利を予約承継又は発明後の個別譲渡によって取得するのかを確認する必要があります。 その上で、特許法33条1項に基づき、受託会社から発注者への権利移転を定めます。
必ずしも共有にする必要はありません。 特許を受ける権利が共有の場合には共同出願が必要です(特許法38条)。特許登録後に第三者へライセンスしたり、持分を譲渡したりする場合には、原則として他の共有者の同意が必要です(特許法73条1項・3項)。 単独帰属と相手方への利用許諾を組み合わせる方法も含めて検討します。
外部AIの利用規約を確認する必要があります。 利用規約上、利用者に一定の権利が認められていても、その出力が著作権法2条1項1号の著作物に該当するか、第三者の権利を侵害しないかは別に検討する必要があります。
モデル自体の契約条件だけでなく、基盤モデル、API、クラウド環境、データ、利用許諾の存続期間などによって異なります。 著作物に関する利用許諾であれば、契約終了後に利用できる範囲も、原則として許諾条件によって定まります(著作権法63条2項)。
まとめ
AI受託開発では、成果物の権利帰属を決めるだけでは、必要な契約条件が定まったとはいえません。
ソースコード、学習済みモデル、プロンプト、データ、汎用モジュール、発明、ノウハウ、外部APIなどを分け、それぞれについて、発注者の利用と受託会社の再利用の条件を定める必要があります。
著作権については、著作物の作成者から受託会社、受託会社から発注者という権利の流れを確認する必要があります。
発明については、特許を受ける権利が発明の発生時から受託会社に帰属するのか、いったん発明者に帰属した後に受託会社へ承継されるのかを確認し、その上で受託会社から発注者への権利移転を確認する必要があります。
共同発明を共有にする場合には、特許法38条及び73条を踏まえ、出願、費用、実施、第三者へのライセンス、持分譲渡まで決める必要があります。
重要なのは、名目的に「誰のものか」を決めることではありません。
発注者が事業を継続でき、受託会社も自社の汎用技術を適切に利用できる状態を作ることです。
契約書の成果物条項だけを見るのではなく、実際に開発・納品・運用される対象を一覧化し、仕様と役割分担が固まった段階で、権利の流れと利用範囲を確認することが望まれます。
参考資料
- 経済産業省「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」(2025年2月18日、2026年8月6日閲覧)
- 経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン 1.1版」(2019年12月、2026年8月6日閲覧)
- 中小企業庁「知的財産取引に関するガイドライン・契約書のひな形」(令和8年1月改正、2026年8月6日閲覧)
- 文化庁「AIと著作権について」(2026年8月6日閲覧)
- 特許庁「職務発明制度について」(2026年8月6日閲覧)
- 特許庁「平成27年特許法改正による職務発明制度の見直し」(PDF、2026年8月6日閲覧)
- e-Gov法令検索「著作権法」(第2条、第10条、第15条、第17条、第27条、第28条、第59条、第61条、第63条、2026年8月6日閲覧)
- e-Gov法令検索「特許法」(第2条、第33条、第35条、第38条、第73条、2026年8月6日閲覧)
- e-Gov法令検索「不正競争防止法」(第2条第6項、2026年8月6日閲覧)