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この記事の結論
顧客データ・プロンプト・ログをAIサービス改善やモデル学習に使えるかは、法律上の制約、顧客との契約、顧客自身の許諾権限の三段階で確認します。外部AIへ送信する場合は、利用目的とは別に、誰に渡すかについても確認が必要です。
AI SaaSやRAGサービスを運営していると、顧客がアップロードした文書のほか、プロンプト、AIの出力、操作ログ、評価・フィードバックなど、さまざまな情報が手元に蓄積されます。
これらはサービス改善の材料になります。では、AIサービス事業者は、顧客から得た情報を自社サービスの改善やモデル学習に使ってよいのでしょうか。
顧客データを再利用できるかは何で決まるか
「顧客のデータだから使えない」という一般的なルールがあるわけではありません。使えるかどうかは、次の三段階で確認します。
第一に、著作権や営業秘密など、法律上、その利用を制限する権利や規制があるか。
第二に、法律だけでは決まらない部分について、顧客との契約でどこまで利用が認められているか。
第三に、その顧客自身が、第三者との関係でも、事業者にその利用を認めるために必要な権利や権限を持っているか。
例えば、顧客から受け取った数値データが著作物にも営業秘密にも当たらないとします。それでも、契約で「本サービスの提供以外には利用しない」と定めていれば、モデル学習への転用は契約上認められません。
反対に、契約上は利用できるように見えても、顧客自身にその利用を認める権限がなければ、事業者も利用できません。
以下、この順に見ていきます。
著作権・営業秘密はどう問題になるか
著作物であるかを、まず分ける
著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」です。単なる数値、測定値、事実そのものは、それ自体では著作物に当たりません。
一方、顧客が作成した報告書、マニュアル、記事、画像、プログラムなどは、著作物となり得ます。データベースについても、情報の選択又は体系的な構成に創作性があれば、著作権法12条の2による保護を受けます。
つまり、同じ「顧客データ」でも、著作権法の検討が必要なものと、そうでないものがあります。
AI学習と著作権法30条の4
著作物である場合、次に確認するのが権利制限規定です。
著作権法30条の4は、著作物に表現された思想又は感情を享受することを目的としない利用について、一定の範囲で著作物を利用できるとしています。AI学習のための複製は、この規定の適用が検討される代表的な場面です。
ただし、学習元の著作物の創作的表現を出力させるなど、著作物を鑑賞したり、その内容を利用者に伝えたりする目的が併存する場合には、30条の4は適用されません。また、著作権者の利益を不当に害する場合も対象外です。
RAGでは、元の著作物をどのように回答へ反映するかも問題になります。
文化庁は、RAG等において、既存の著作物に含まれる創作的な文章や表現を回答として出力することを目的として利用する場合には、30条の4は適用されないとの考え方を示しています。
もっとも、30条の4が適用されなければ、直ちに著作権者の許諾が必要になるとは限りません。
例えば、検索サービスが検索結果を示すために、元の著作物のごく一部を必要な範囲で表示するような利用については、著作権法47条の5により、著作権者の許諾を得ずに利用できることがあります。
ただし、この規定が認めているのは、情報検索などのために著作物の一部を限定的に利用する場合です。元の著作物の文章や内容を広く回答として提供することまで、当然に認めるものではありません。文化庁も、RAG等について、出力が既存著作物の「軽微利用」の範囲にとどまる場合には47条の5の適用が考えられるとしています。
したがって、「AI学習だから30条の4で自由に使える」とも、「RAGだから30条の4は使えない」とも、一律にはいえません。
著作権法の判断だけでは終わらない
著作権法上の利用が許されるとしても、それだけで再利用できるとは限りません。同じ情報が、営業秘密としても保護されることがあるためです。
例えば、顧客がアップロードした未公開の技術報告書は、著作物であると同時に、営業秘密にも該当し得ます。
プロンプトには、未公開の技術情報、開発中の商品仕様、顧客リスト、営業戦略などが入力されることがあります。こうした情報が不正競争防止法上の営業秘密として保護されるかは、秘密管理性・有用性・非公知性の三要件を満たすかによって決まります(不正競争防止法2条6項)。
なお、秘密情報をAIサービスに入力したからといって、直ちに営業秘密でなくなるわけではありません。ただし、どのAIサービスに、どのような契約・設定の下で入力したかによっては、秘密管理性や非公知性に影響することがあります。経済産業省の「営業秘密管理指針」でも、生成AIへの情報入力と秘密管理性の関係が扱われています。また、「秘密情報の保護ハンドブック」でも、生成AIの利用と秘密情報の管理・利用について取り上げられています。
このほか、業として特定の者に提供されるデータについては、一定の要件を満たせば、不正競争防止法上の「限定提供データ」として保護されることもあります(同法2条7項)。
法律上利用が許されるかと、契約上許されるかは別
顧客から得る情報の中には、法律によって利用が直接制限されるものと、そうでないものがあります。
例えば、顧客の文書が著作物であれば著作権法が問題になり、秘密の技術情報であれば不正競争防止法上の営業秘密が問題になります。
一方、単なる数値や操作履歴、評価情報などの中には、著作物にも営業秘密にも該当しないものがあります。
しかし、その情報の利用を直接制限する権利がなくても、顧客との契約で「本サービスの提供にのみ利用する」と定めていれば、事業者はその範囲を超えて利用できません。
また、著作権法上許される利用であっても、契約上許されるとは限りません。例えば、30条の4によって著作権者の許諾を要しない利用であっても、顧客との契約で「顧客データは本サービスの提供のためにのみ利用する」と定めていれば、共通モデルへの学習利用は認められません。
営業秘密についても同じです。不正競争防止法上の営業秘密に該当しなくても、NDAで「本契約に関連して開示された技術上・営業上の情報」を秘密情報と定め、その利用目的を限定していれば、その契約に従う必要があります。
サービス提供と事業者自身の改善をどう分けるか
契約上問題になるのは、データの「帰属」だけではなく、何のために利用できるかです。経済産業省の「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」も、現行法上、データに所有権その他の物権的な権利を観念できないことを前提に、契約によってデータの利用権限を定める考え方を示しています。
同じプロンプトでも、その顧客への回答を生成するために使うのと、全顧客向けモデルを学習させるために使うのとでは、利用目的が異なります。
| 利用目的 | 例 | 契約上の考え方 |
|---|---|---|
| ① サービス提供 | RAG検索、回答生成、障害対応 | 顧客が契約したサービスの実施 |
| ② 顧客向け改善 | その顧客向けの検索条件や設定の調整 | ①との境界を確認する |
| ③ 事業者自身の改善 | 共通モデルの学習、全体改善、他顧客への反映 | ①とは分けて利用範囲を定める |
経済産業省の「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」でも、AIサービスに入力するデータ等について、想定していない目的での利用や第三者への提供がないかを確認することを、契約上の論点として挙げています。
「当社はサービス改善のため利用データを使用できます」という一文だけでは、この三つの境界が分かりません。個別顧客向けの調整までなのか、共通サービスの改善までなのか、モデル学習まで含むのか。ここを分けて定めておけば、利用できる範囲が明確になり、後のトラブルを防ぐことにつながります。
なお、顧客データに個人データが含まれる場合には、個人情報保護法上の検討も必要です。個人情報保護委員会は、委託先が委託元から提供された個人データを自社の分析技術の改善に利用する場合でも、委託元の利用目的の達成に必要な範囲内であることを前提としています。
ログ・埋め込みデータ・改善ノウハウを誰が利用できるか
特に判断が難しいのが、②と③の境界です。
A社から得た評価を使って、A社向けRAGの検索条件を調整するとします。ここまではA社向けサービスの改善です。しかし、その調整で得たプロンプト設計や検索手法を共通サービスへ組み込み、B社にも適用するなら、③の事業者自身の改善へ移ります。
②で問題になるのは、顧客データそのものよりも、顧客向けの改善から得たものを、どこまで事業者側に残せるのかという点です。具体的には、次の三つが問題になります。
ログ
操作ログやエラーログは、事業者のシステムが生成します。しかし、その中に顧客のプロンプト、ファイル名、入力内容、顧客文書の一部が記録されていれば、「自社が生成したログだから自由に使える」とは考えられません。
一方、顧客固有の情報を含まない稼働率や障害統計まで、当然に顧客専用の情報となるわけでもありません。どこまで事業者が利用できるかを、契約で定めておくことが望まれます。
埋め込みデータ
RAGでは、顧客文書から埋め込みデータを生成します。
その法的性質を一律に「元文書の複製」と決めるのは適切ではありません。元文書との技術的な関係や、元文書の情報が埋め込みデータにどの程度残るのかによって、検討すべき事情が異なるためです。
そのため、著作権法上の判断だけに委ねるのではなく、「顧客データから生成された派生情報」という類型を契約に設け、利用範囲と契約終了時の扱いを定めておく方法が考えられます。
改善ノウハウ
特に検討しておきたいのが、改善によって得たノウハウです。
A社へのサービス提供を通じて「A社ではこの商品についての質問が多い」と分かったなら、A社固有の情報です。
これに対して、「この種の検索処理では、この手法を採るとエラーを抑えられる」というような一般的な技術的知見については、どこまで事業者側に残せるのかを契約で定めておく必要があります。
顧客はデータ再利用を許諾できる立場にあるか
A社が取引先B社から預かった技術資料をAI SaaSへアップロードするとします。
AI SaaS事業者とA社との利用規約に「入力データをサービス改善やモデル学習に利用できる」と書かれていても、それだけでB社との関係まで処理できるわけではありません。
A社自身が、B社との契約や著作権などとの関係で、その再利用を許諾できる立場にあるかを確認する必要があるからです。
そこで利用規約では、事業者側の利用権限を定めるだけでなく、顧客が入力データを提供し、契約で定めた利用を許諾するために必要な権限を持っていることを顧客に確認してもらう条項(表明保証条項)を設ける方法があります。
外部AIへの送信は別途確認が必要か
外部の基盤モデルやAI APIを利用するサービスでは、確認する軸がもう一つ増えます。情報を「誰に渡すか」という軸です。
顧客へのサービス提供だけを目的とする場合でも、顧客文書やプロンプトを外部へ送信するなら、その送信が顧客との契約上認められているかを確認する必要があります。
あわせて、外部AI事業者との契約で、基盤モデルやAI APIに入力した情報や、その出力がどのように扱われるかも確認する必要があります。
利用目的・提供先・保存期間を契約でどう定めるか
どこまで契約に明記しておくべきかは、情報の種類によって異なります。
| 情報 | 契約で曖昧になりやすい点 | 契約で決めておきたいこと |
|---|---|---|
| 顧客文書・プロンプト | サービス提供を超えて、事業者自身の改善やモデル学習にも使えるか | 利用する情報の範囲と利用目的 |
| 評価・フィードバック | その顧客向けの改善だけでなく、共通サービスの改善にも使えるか | 共通サービスへの利用範囲 |
| 操作・エラーログ | 顧客固有の情報を含むログを、どこまで利用・保存できるか | 利用目的と保存期間 |
| 埋め込みデータ等の派生情報 | 元データを削除した後も利用・保存できるか | 利用範囲と契約終了時の扱い |
| 一般化した改善ノウハウ | 顧客の秘密情報と、事業者が継続利用できる一般的な知見をどこで分けるか | 事業者が継続利用できる範囲 |
特に確認したいのは、その情報を事業者自身のサービス改善やモデル学習に使えるのか、契約終了後も残せるのかという点です。
FAQ
従来はサービス提供に限って利用していた顧客データを、モデル学習にも利用する変更は、利用範囲を実質的に広げるものです。
「当社は規約を変更できる」という条項があることだけで判断せず、既存契約の内容、規約変更条項、変更内容、顧客への通知や同意の要否を確認します。
新規サービスであれば、後から利用範囲を拡大するより、最初から①②③の範囲を定めておく方が明確です。
顧客名を削除しただけでは決まりません。
元データが著作物であれば、著作権の問題は残ります。営業秘密や契約上の秘密情報であれば、顧客名を削除しても利用制限がなくなるとは限りません。
確認するのは「匿名化したか」だけではなく、加工後の情報について、どの法律上・契約上の制約が残っているかです。
最初に決めるべき利用目的は何か
AIサービスのデータ利用を設計するときに最初に決めるのは、顧客から預かった情報を、その顧客へのサービス提供を超えて、事業者自身の改善やモデル学習にどこまで使いたいのかです。
その範囲を決めたうえで、対象となる情報ごとに、著作権があるか、営業秘密や契約上の秘密情報に当たるか、顧客にその利用を許諾する権限があるかを確認します。
この順序で考えれば、顧客文書、プロンプト、ログ、評価、埋め込みデータを分ける理由も明確になります。
そして、この確認は、利用規約を書く段階よりもサービス設計の段階で行う方が確実です。RAGへの取り込み、共通サービスへの反映、モデル学習、外部AIの利用を予定しているなら、その設計と契約を同時に固めておきます。
これにより、顧客へのサービス提供と、事業者自身のサービス改善・モデル学習との境界が明確になります。